雑種のポメラニアン

フリープログラマーの日記とか人生観とか綴るよ

イケダハヤトさんの「宗教性が豊かな人は、トップクラス人材になりやすい」に刺激されて書いてみる

今3:35AMなんだけど
自分の知らなかった名ブロガーのブログに刺激されて筆を執っている。

宗教性が豊かな人は、トップクラス人材になりやすい : ihayato.書店

で宗教を

ぼくは「宗教的な人間」の定義を、「『自分の頭では理解できない何か』の存在を信じている人間」だと考えています

 と定義(のようなもの)しています。
キリストとは人間だから理解できない何かではないから
不完全だとは思いますが聖母マリアの処女懐胎などを含むなら
いい定義だと思います。

私は「現代科学では(当分は)説明できない何かの存在を信じてる人間」と考えてます。
イケダさんのにかなり近いですけど、「自分の頭」で理解できない何か
と定義するほど自分の頭に自信ないです。

現代科学で説明できない物の最たる例は「意識」です。
意識について科学は脳内のシナプスの信号のやり取りの結果という程度の見解のように見えるんですけど、それが確かなら意識は遠からず人為的に作れることになります。
私はその考えでは意識は作れないと思います。

更に言うと物質・宇宙も何らかの意識(創造主かも?)がなければ
存在してないと思ってます。
エントロピーが増大するだけならあらゆる物質は崩壊していくだけです。
宇宙の最初に何もなくてエントロピーが増大するだけなら物質なんて誕生する可能性は絶対にないと断言します。

補足すると宇宙を包む意識を媒介しているのが物理の法則で、物質・生命はその上に成り立っていると考えています。

私は物質・宇宙の存在を支えている何らかの意識を理解・認識はできてません。
でも存在は確信してます。
そういう意味ではイケダハヤトさんの定義に照らしてみても
「宗教的な人間」に属すると思います。

ここで「ある宗教を信じてる人」と私の言う「宗教的な人間」は
同じでないどころか、全く違うという点はご注意いただきたいです。
特にキリスト教のキリストやイスラム教のアラー、日蓮宗創価学会の親)の日蓮みたいに、宇宙の存在まで一人の人間に帰結させようなんていう乱暴な考えは(ちょっと言い過ぎですが)存在の成り立ちの順序がおかしいというか本末転倒です。

逆に科学は「意識」の存在を事実上無視している限りは永遠に不完全です。

また、自分の意思より社会・世間の常識に従って生きている大抵の社会人は
「自分の意識・意思」が薄弱という意味では宗教を信じている人と大差ないです。

こういう自信のない人ほど人に自分の薄弱な考えを
他人に押し付ける傾向が強いのは興味深い事実ですね。

自分の宗教観はこんな感じですが豊かといえるかどうかわかりません。
トップクラスの人材にはなりたいですが
まずトップクラス人材ってどんなんだろ?
でも何か成し遂げるようなビッグな人になりたいなぁ。