雑種のポメラニアン

フリープログラマーの日記とか人生観とか綴るよ

人は結局「自分らしさ」を究めるしかない

この記事を書く動機になったのは
小さなチーム、大きな仕事―37シグナルズ成功の法則を読了したからなのですが

うーむ・・・何から書けばいいのか・・・

私は本を読む時、赤線引きながら一文一文味わって読むので
凄い遅読なんですけど、見返したら赤線だらけ。
書評を書こうにも、どこも重要なんでどう紹介しようかな。

最も感銘を受けた一文を引用させていただくと

自分自身であることを恐れてはいけない

 これに尽きます!

この本から、私が解釈した要点を挙げると

  1. 行動を起こそう
  2. 責任を持とう
  3. 自分自身であろう

ということだと感じました。

<行動を起こそう・責任を持とう>

「現実」の世界とは場所ではなく、言い訳だ。
何も試さないことの正当化だ。

 私が学生だった時、工学部だったのですが
一番影響を受けた授業は「哲学」でした。
特にハイデガーデカルトが好きでした。
そうして社会人になってプログラマーになって
技術的なことを究めようと努力している経験を通して
私が誰に対しても声を大にして言いたい
これは紛うことなき真の「現実」と断言できるのは
自分自身からは永遠に逃れられない。死んだ後も。
これだけです。

「現実を見ろ」なんてセリフは、自分自身という「現実」を忘れて、「世間」に逃避しろと言っているのと同じことだと思います。

新入社員の頃、出向先の一部上場企業の上司に「会社に骨を埋める覚悟で仕事しろ」と言われたことがあります。
また、どう考えてもお前には無理だろうという仕事を抱えてる人が「徹夜しようが何としても終わらせなきゃいけないんですよ」なんてセリフも聞いたこともあります(結局私がやりました)。
どっちも会社・仕事への「忠誠心」「責任感」を示してる「フリ」をしてるだけで、果てしなく「無責任」なセリフだと思います。

特に前者の発言をする団塊世代は(異様に)多いですが、退職後、会社の経営が傾いて、年金がもらえなくなる事態になったら、彼らは経営陣に文句を言うでしょう。
本当に「骨を埋める」覚悟があるなら、退職後に会社が傾いたら、無償で会社の再建を目指すべきです。彼らは間違いなくそんなことはせず、経営陣に文句を言うだけのはずです。こういう無責任な考え方・やり方は国を滅ぼしかねないと思います。

自分の行動・発言に責任が取れるようになって、初めて「忠誠」は意味を持ちます。
無責任な忠誠など、ただの責任の押し付けです。

つまるところ「行動を起こす」「責任を取る」というのは、大体同じか、もしくは比例関係にあると思います。

<自分自身であろう>
子供時代と20代の頃は、周りに自分よりできる人が必ずいるから、それを目指したり目標にしたりするのはいい事だと思います。
ただし、それは「学校の中」「会社の中」という狭い世界での話です。
狭い世界で頂点かそれに近い上位になったらどうするか。

狭い世界は限りなく平坦です。
どういうことかというと、富士山は関東からでも見えますが、富士山よりはるかに高いはずのエベレストは日本からは見えません。地球が丸いからです。
もし、山を人工的に高くできるとして、富士山をエベレストより高くすることを目指すことに意味があるでしょうか?
ありません。富士山の価値は「富士山であること」に意味があるのであって、エベレストとの比較することにあるわけではないからです。

結局人も同じで、狭い世界である程度の成功・成果を収めたら、後は「自分らしく」なっていくしかないのです。

<私なりの結論>
正式公開は延びそうですが、今年作った
VisualMigrateは、まあ世間的に認知されないかもしれませんが
少なくとも自分が欲しくて、競合のいないものを作ったという意味では
とても「自分らしい」アプリだと思います。

このブログもアクセス数は平凡としか言いようがありませんが
今は「自分らしい文章が書ければいい」と思っています。

どちらも自己満足といえば自己満足ですが
そもそも自分の作ったものや書いたものに「自分が満足すること」が重要だと思っています。自分が満足しなきゃ、誰も使ってくれないし、誰も読んでくれないですよね!

世間の認知なんてその後でなされたらいいな〜と思いたい(変な日本語)。


小さなチーム、大きな仕事―37シグナルズ成功の法則 (ハヤカワ新書juice)

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