雑種のポメラニアン

フリープログラマーの日記とか人生観とか綴るよ

誰かから「親を尊敬しろ」と言われたら 「麻原彰晃の娘にも同じ台詞が言えるのか?」と聞き返してみましょう。

「愛と勇気は言葉。感じられれば力。」というのはキングゲイナーと言うアニメのオープニングのさびの歌詞です。
この言葉は、私が心から尊敬してやまない井荻鱗こと富野由悠季監督の作詞によるものです。

実は2/3は私の誕生日なのですが、他人の誕生日にまったく興味がない私が
誰かに祝ってもらおうだなんておこがましいことは考えてませんが
実は今日、仕事で考えが煮詰まって滞ってしまい、気分転換しようと思って外出したら
iPhoneをおっことして、ガラスを割ってしまい、修理して金かかって
社長から「この仕事、明日中にできますよね?お願いしますよ!」と言われて大ピンチに陥って
明後日誕生日だけど多分仕事になりそうで、厄年だしもう有り得ない記念日になりそうな事態を前に
思うところが多々あったので、書き留めたいと思います。

まったくとりとめがないと思いますが、最後までお付き合いいただけると幸いです。

5年前に長期入院して糖尿病になってしまいましたが、医者に言われても酒がやめられず
「このままじゃ死にますよ」と何度も言われているのですが
私が恐れているのは「思考が停滞する事」です。
これは死ぬより恐ろしいです。
一度死にかけて人生を冷静に見つめられるようになって思うに
病気するまでは、はっきり言って何も考えてなかったなと思います。
思考停止してました。

社会人になった頃は「優秀なプログラマーになりたい」と単純に思ってました。これは叶えたと思います。
30歳の頃は「優秀なSEになりたい」と単純に思ってました。
目標に進歩がないとは思いますが、これも叶えたと思います。
36歳の時に病気して、人生の目標がどうこう言える状況ではなくなってしまいましたが
38歳の時には、「ハッカーとして世間に認められたい」と思ってました。
それまでの目標と比較すると進歩したと思いますが、残念ながらこれは叶ってません。
でもハッカーの「精神」みたいなのは学んで
結局ハッカーって「技術」じゃなくて「心意気」(・・・かな???)と言う事は身につけたと思います。
ハッカーのポール・グレアムの著書の帯には「普通のやつらの上をいけ」とあります。
この点ではハッカーの精神は身につけたと自負してます。
で、今年はどう思っているか。昨年プログラマーを引退しかけたので
ハッカーとして世間に認められるのはあきらめましたが
やはり普通のやつらの上は行きたいと思ってます。

まず自分自身に関して思うところでは社会的立場はないに等しいです。
でも揺るぎのない「自信・信念」はあります。
これは「私を否定しようとした創価学会」と「私を見下そうとしている両親」との葛藤から生まれた
・・・というより醸成されたと言った方がいいと思いますが
そうして身につけた「自信」があります。

根拠はない?自信に根拠なんてそもそもないんですよ!
高校時代からの友達からは信用を「感じて」るし
遅刻ばっかりしてる私に対して、仕事先の人からは
どうしてもこいつは外せないという信頼を「感じて」ます。
最初の「愛と勇気は言葉。感じられれば力。」という詩を引用したのは
「感じて」いるかどうかが重要ってことを言いたかったからです。
社会的立場とか肩書きなんていつかなくなるものです。
そんなのに自信の根拠を置くなんて私には色々な意味で信じられません。
創価学会と衝突したのは創価学会員という立場だから私より偉いとか信じ込んでたからです。
両親と衝突しているのは「親は子供より偉い」と信じ込んでいるからです。
私の意見としては自信ってそういうものではないです。

創価学会はともかくとして両親の事は書いておきたいです。
まだ両親には言ってないのですが、私と父方の祖母にはある「秘密」がありました。
それは私が大学生になってから私と祖母が二人っきりになったときに
こっそりお小遣いをもらっていたのですが
その際、おばあちゃんから毎回言われていた事。
それは「お父さんとお母さんには言わなくていいからね」と
「毎回」言われてお小遣いをもらっていたことです。
これは私と祖母が私の両親(祖母には息子と義理の娘)を信用してなかったということです。
その理由に関しては事情が複雑なので書けませんが、そういう秘密がありました。
私は父から「親を尊敬しろ!」とか言われる度に「親から信用されてなかった人間の台詞じゃない!」と
心で反論してます。
私が両親を否定するのは「こいつらは、(義)母からすら信用されてなかった」という根拠があります。
それに対して両親の言う「親を尊敬しろ」には根拠がありません。

結局「自信」って何かと言うと「信用とか信頼を他人からされていると感じているかどうか」なんだと思います。
創価学会員だから信用されてしかるべき」「親だから息子に尊敬されてしかるべき」などという理由で
他人から認めてもらおうだなんていう考えが甘すぎるんです。
イチローインタビューズ」という電子書籍イチロー
「他人から正しい指摘をされたときに、言い訳するのは自信がないから」みたいなことが書かれてましたが
まったくその通りだと思います。
間違った理由で他人から認められようとしている人間は自信がありません。
自信のない人間に「俺はお前より偉い」と思い込まれると人間関係は間違いなく破綻します。

こういう例えはあまりしたくありませんが、創価学会と両親から学んだ大事な教訓は
「他人の話を聞かずに自分の話を聞かせようとするのは、暴力に等しい」ということです。
イチローによると自信のない人間は他人からの指摘を聞かずに言い訳するので人の話を聞きません。
でも「俺はお前より偉い」と思い込んでるから言い返そうとするのです。
こういう人間を親に持つと年中暴力的な人間関係にさらされる事になります。

親を否定すると他人から信用されにくいと理解した上で書いてますが
「上司の言う事は聞くのに息子の言う事は聞かない」人間って信用に値しますか???
私はこういう人間は親でも断固否定します。
誰かから「親を尊敬しろ」と言われたら
麻原彰晃の娘にも同じ台詞が言えるのか?」と聞き返してみましょう。

予想以上にとりとめがなくなって申し訳ありません。
ここまで読んでくださった方は忍耐力がありますね。

うまくまとめないと・・・

まあですね、人間関係の基本って「自分に自信があること」なんだと思います。
その自信の根拠は「他人からの信用・信頼を感じる事」に置くべきで
「大企業の社員だから、創価学会員だから、親だから」というのは根拠にならないということです。

うーん・・・まとまったかな???
まとまってないような・・・

2/3にまとめます・・・多分・・・