雑種のポメラニアン

フリープログラマーの日記とか人生観とか綴るよ

神をハッキングしたい

子供の頃「お守りの中には何が入ってるんだろう?」という疑問が抑えられなくて
「何か飛び出してくるか、目が潰れるかも?」ってドキドキしながら開けてみた事がある。
まあお札が入ってるだけなんですけど、お守りからも何らかの畏怖を(強烈に)感じてた。

さっきFacebookでこんな投稿を見かけました。

【見聞知の仏様】

仏教とは「仏の説かれた教え」ということですが

【仏】とは何か?

皆さん聞かれたら答えられるでしょうか。


色々な説明の仕方がありますが

特に子供に聞かれたら、どう答えるか。


「見・聞・知の方」と答えたらどうでしょう。


「見ておるぞ
 
 聞いておるぞ

 知っておるぞ」


どんなに影でやっていても、

誰も知らんと思っていても

ちゃんと知っておるぞ。


一生懸命働いているのに誰も評価してくれない。

ご苦労さんとも言われない

あーもう、辞めた 辞めた

あいつのいる場所は、皆が褒めてくれるのに

俺のいる場所は誰も褒めてくれない・・。


こんなことを思ったことないでしょうか。


「細大もらさず見ているよ」

といわれるのが仏様です。


まあ、善いことなら良いですけど

悪いこともだから怖いですね・・


私がこんな苦労していること、誰も知らない。

誰かに知ってもらいたい。
   
   分かってもらいたい。

   理解してもらいたい


よくやったな、と分かってくれる人

そういう人がいないとやる気が出ない。

やがて、やめてしまう。


では、私達は一体、誰に褒めてもらいたいのか


人間相手なら、

見ていないこともある

聞いていないこともある
 
知らないことばかり・・かも


だから、「やってられない」「ばかばかしい」

となってしまいます。


人が見ている、見ていないは関係ない、。

【見聞知の仏様】相手に生きる!


そんな生き方をしたいものですね。

神様仏様が観てるという感覚は実感すると怖いものがあります。
気にしなければ気にならないものでもありますけどね。
神様仏様が観てると言う感覚がある人は正直なものです。
海外の人が日本で財布を落としてもそのまま返ってくるって感動してたなんて話を聞いた事がありますが
不正直な事したら罰が当たるとか、自分に恥ずかしいとか、そういう感覚って高貴なものだと思います。

今「日本の神話と神様手帖」という本を読んでて
「もしかしてもしかすると何らかの実話なのかも!?」って驚きながら読んでます。
ちなみに弁財天はヒンズー教の神様だそうです。

日本の神様を研究して内容とか意味を理解しつつ、あちこちお参りしたいです。