雑種のポメラニアン

フリープログラマーの日記とか人生観とか綴るよ

いつものことながら唐突ですが、Facebookの投稿から刺激されて思う「物理」と「精神」の関係

Facebookザ・シークレットから下記の投稿がありました。

『秘密』によれば、
私達が宇宙の創造者であり
私達が創造したいと願うものは
必ず実現します

従って、私達の願うもの、
思うこと、感じることはとても重要です
それらが現実となるからです

私はこれはまったく真実だと思っています。

私は理系出身ですから「物理」を信仰(専攻の間違いではありません)してました。
その一方で大学の講義で個人的に一番刺激を受けたのは「哲学」で
特にハイデガーデカルトに絶大な影響を受けました。

物理の法則と哲学を究極的に突き詰めて考えると
物理的真理と精神的尊さは同じもの
と結論せざるを得ないのです。

物理にも哲学にも興味ない人にはワケが分からないかも知れませんが
平原綾香さん(訂正:吉元由美さん)とkz氏はこの点をよく理解していると思います。

こちらが平原綾香さんのジュピターで

こちらがkz氏のプラネット・クレイドルです。

歌詞をよく聞いていただきたいのですが
ジュピターの「果てしない時を超えて輝く星が 出会えた奇跡教えてくれる」と
プラネット・クレイドルの「会えた君にも 会えない君にも その肩抱いた星の瞬きが希望奏でる」の辺りをよく聞いていただきたいです。
「星」と「会う」という共通のキーワードがあります。
つまるところ言いたいことは同じだと感じられます。

またジュピターの「いつまでも歌うわ あなたのために」と
プラネット・クレイドルの「明日も僕は誰かに歌う」にも注目していただきたいです。
また「歌」という共通のキーワードがありますが
これも発想は共通していると思います。

これらは「星=物理」、「出会い(の奇跡・喜び)=精神」と解釈していいと思います。

私の苗字が「下田」で、創価学会とぶつかった時に最大の原因になった人物が「川上」という苗字でした。
彼と比較すると

下田:自分を信じている vs 川上:創価学会を信じている
下田:相手を見下している vs 川上:相手を妬んでいる

とまったく正反対の存在でしたが
苗字が「下田」と「川上」という意味的に正反対だったのは私は偶然じゃないと思っています。
多分宇宙はそういう風にできてるんですよ。

一方で「心」という存在は自分のありたいようにある自由なものです。
私が感情のある存在と接するときには「心」を基準にしています。
心が矮小な存在を私は受け入れられません。
そういう理由で朝鮮人(全員とは言いません)と支那人(全員とは言いません)と
創価学会員(多分全員)は認められませんね。

精神的気高さを追求して「心」を豊かにするのが人生の目的だし
宇宙の存在意義もそういうことなんだと思います。

<訂正 2013/6/18>
ジュピターの作詞は平原綾香さんではなく、吉元由美さんという方でした。
失礼しました。