雑種のポメラニアン

フリープログラマーの日記とか人生観とか綴るよ

1994年8月1日 初版第一刷発行の書籍を見て思う事。もしかしてプログラミングには美意識みたいな「感情」が必要なのでは・・・???

下記の本の128ページにこんな記述がありました。

人間の論理的思考能力とその結論としての判断力に限っていえば
コンピュータの能力が人間のそれを凌駕する時代が来ることは
既定の事実といってもいいだろう。

20年前にコンピュータが将棋で人間に勝ってしまう(ような)ことを
「既定の事実」と言い切っているところは達見だと思いました。

この頃を思い出してみると将棋よりも
「プログラミングをコンピュータがやってしまう時代が来る=プログラマー不要論」
みたいのはあったと思います。
でもプログラミングをコンピュータが置き換えてしまいそうな気配は今のところ感じられないですね。
結果的にプログラミングを置き換えるより、チェス・将棋でコンピュータが人間に勝ってしまったことを考えると
もしかして、プログラミングには「感情」が必要なのでは・・・???
と思っています。

今新しいアプリ開発してますが、一番難しいと感じるのは「名前重要
http://d.hatena.ne.jp/pbgreen/20111016/1318782503
ですね。
結局「分かりやすい」なんて論理じゃないですよね。
「名前重要」自体はプログラミング自体には必須条件ではありませんが
コンピュータがプログラミングするとして
意味不明なクラス名やメソッド名つけても動くかと考えると
私は「甚だしく疑問」と思わざるを得ないです。
それどころかクラスも関数もプログラミングには必須ではないです。
何万行ものmain()しかない恐るべき関数とかコンピュータだったら管理できるかと考えると
やはり「甚だしく疑問」と思わざるを得ません。

コンピュータに「感情」を持たせられる時代は、いずれ来そうな気がします。
でも「感情」のある存在が、プログラム・コード書いたら「バグ」も生まれるはずです。
というわけで私は「コンピュータがプログラマーに置き換わるのは当分先の話」と思います。