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雑種のポメラニアン

フリープログラマーの日記とか人生観とか綴るよ

「こんな人生やってられないから、とっとと死なせろ!」

エッセイ

黒子のバスケ脅迫犯渡辺被告が語った歪んだ犯行動機がヤバすぎる 「これは『人生格差犯罪』。こんな人生やってられないから、 とっとと死なせろ!」|えび速

こういうこと言うと誤解されそうだけど、被告の気持ちは理解できる。
「こんな人生やってられない」というのは私も時々思う。
ただ、私が被告と違うのは「だから何とかしたい」ってのが私の意見。
そもそも自分の人生に100%納得してる奴なんているだろうか?
まあ団塊世代には(よく)いるらしい。
「会社に骨を埋める覚悟でやれ」と「他社から出向した」新人社員(私)に
言う馬鹿も実際見たことあるが
こういうしょうもない勘違いしてないと、納得した人生なんて送れないと思う。

私としては「こんな人生やってられない」という被告の気持ちはよ〜くわかります。

ただ、そんなやってられない人生を
知恵と工夫で何とかするのが人生の醍醐味であって
成功者を見たら妬んで足を引っ張るのではなく、憧れて目指すという
気持ちが大事なんだと思いますよ。

私は成功者(というか出来る人)を見たら
「仲良くなって人生を乗り切る知恵を学ぼう」と思うのですが
「妬んで嫉んで足を引っ張ってやろう」という(恐ろしい)考えを抱く馬鹿も
何人か見たことがあります。

人を馬鹿にするのはいけないこととはわかってますが
他人の足を引っ張ってやろうという考えを抱く人間に
友達とか仲間とか思われても迷惑するだけなので
私は徹底的にコケにして馬鹿にして「俺はお前(ら)の仲間じゃない」と
はっきり宣言します。

ちなみのその内の一人は創価学会員でしたが
創価学会員は他宗教の人間に多かれ少なかれこういう感情を抱く
生き物なので、これだけ激しく否定してます。
これは攻撃ではなく
「俺はお前らと同じ人種(人類)ではない」と宣言しているだけです。

結局人生の勝者か敗者かって、結果じゃなくて
結果を受け入れてどうするかという姿勢の問題なんじゃないですかね。
妬む嫉むのは、自分が人生の敗者であることを「自ら認めてしまっている」
ということなんじゃないかと思います。

自分が人生の勝者か敗者かというのは他人が決められるものではありません。
自分が納得するものなんです。それが決まるのは自分が死ぬ時です。

そういう意味で私は創価学会員は全員「人生の敗者」だと思ってますが
人生は死ぬまでやり直しができます。
敗者復活戦に挑む気持ちがあったら、まだ敗者確定ではありません。
何度でもやり直しましょうよ!?