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雑種のポメラニアン

フリープログラマーの日記とか人生観とか綴るよ

劇場版イデオンを観直した。富野監督は初代ガンダムだけじゃないと当ブログでは力説したい。

エッセイ アニメ

自分でも理由がよくわからないのだが、突如、富野由悠季監督の
劇場版イデオンを観ている。

単純にアニメの作りで言えば、やっぱり宮崎監督のほうが上手いと思う。
特にイデオンの接触篇は、富野監督の言いたいことが多すぎたんだろう
忙しすぎ!あれじゃ役者の演技力もへったくれもないよ。

しかしイデオンの良い所ってそういうことじゃないんだよね。
結局壮大な親子喧嘩、姉妹喧嘩が文明を滅ぼすという物語なんだが
文明が滅びるのは大義名分じゃなくて、親子の情や恋愛感情ってところが
すげ〜富野監督っぽい!
こういう壮大な人間ドラマを描かせたら富野監督の右に出るものは
今後も出ないだろうなぁ・・・

子供の頃観てた時は、メカのかっこよさとか
壮大なスペースオペラに酔ってたんだけど
40過ぎて見てみると、熱血の主人公コスモとか
コスモに思いを寄せるカーシャより
科学一辺倒馬鹿なのに敵対する文明の男性と恋に落ちる
シェリルさんや、幸せに子供を宿す妹に嫉妬する
ハルルに気持ちを動かされる。

子供の時観た時は「あたしと愛し合ったことを・・・」とかの
セリフの意味がわかってなかったのだが
今シェリルさんが死んだ直後に、敵文明の恋人ギジェと
魂のレベルで結ばれるシーンとか見ると本当に感動的。

発動篇はそんな富野節の名セリフのオンパレードで
数が多すぎて引用もできない。

単純に作品レベルで言ったら富野作品より宮崎作品の方が上ですよ。
でもイデオンにはそういう単純な上下を凌駕する「神々しさ」を感じる。

イデオンのストーリーのように宇宙を支配するエネルギーを発掘した
文明がそのエネルギー自身に滅ぼされて、そこから生まれた
知的生命体の魂が、地球の知的生命体の知性の素になったという
富野説(?)って大いに有り得るかもなぁ・・・って思います。

次回以降はDVDを持ってないのも含めて
記憶を頼りに富野作品を振り返っていきたいと思います。